一丸禎子 ― 『マザリナード文書とは何か』 ――コーパスとしての東京大学コレクション―― 東京大学博士論文、2006年9月19日

序論 - 第1部 - 第2部 - 結論 - おわりに

結論

1部で得た結論,すなわち「マザリナード文書」とは,「〈フロンドの乱〉の時期の反マザラン感情をあらわした文書である」とする一般認識は,第2部における東京大学コレクションというコーパスの検証によって,ほぼ覆されたといえよう.「マザリナード文書」のコレクションとして,今日わたしたちが見ることのできる「もの」は,辞書があげていた3つの条件 1)「シャンソン」「誹謗中傷文書」あるいは「諷刺」などの形式をまとった言語表現,2) 反マザランであること,3)〈フロンドの乱〉の時期に限定されることなどに,かならずしも一致していない.東京大学のマザリナード・コレクションとは,じつにさまざまな種類の印刷物の集合体にほかならない.

しかしながら,始まりにおいては確かに 《 mazarinade 》とは〈フロンドの乱〉において,マザランに向けられ,彼を非難するための「言葉」であった.いいかえれば,それらの言葉はまさしくフロンド(石投げ器)による飛礫である.反マザランの側から投げられた石は,それに応酬する別の石を呼び,ついには四方八方から石が乱れ飛ぶことになった.第1部の歴史的背景と第2部の現存する文書の内容を対照した結果,わたしたちはそのように〈フロンドの乱〉と「マザリナード文書」の関係を理解することができるだろう.「マザリナード文書」そのものが,じつは〈フロンドの乱〉が生みだした重要な「事件」なのである.

飛礫となったそれらの言葉は,印刷されたり,手で書かれたものだけが今日まで残っている.巷で歌われただけで,永遠に失われてしまったものも多かったはずだ.結果的に今日,わたしたちが《 mazarinade 》と呼んで手に取ることができるのは,「書かれたもの」,主として印刷物である.

〈フロンドの乱〉の一部をなすこれらの「言葉」が今も残っている理由は,こうして紙という支持体をもったことに加えて,「コレクター」の存在がある.〈フロンドの乱〉の最中から,人々はさまざまな動機でその「言葉」を集め始めた.当初は単純な好奇心や歴史的興味が人々をひきつけたのだろう.それらの「言葉」は束ねられ,もはや飛礫としての力を失う.やがて「古書」として売買されるようになると,「商品」としても流通する.現存するマザリナード文書は,いずれもこうした時間を経てきたものである.そうした経緯で図書館や個人の蔵書として保管されている文書を前にしては,次のようにいうことしかできない.それらは「〈フロンドの乱〉の頃に書かれたり,印刷されたりして,現在まで残っている文書」なのだと.そこには高等法院の裁決や,国王宣言,手紙,貼り紙,歌,諷刺詩,時事通信など,およそなんでも含まれる.表現の形式に決まりはない.そしてマザランに敵対するものとは限らない.辞書が示す意味――「〈フロンドの乱〉におけるマザランへの誹謗文書」――がもっとも語源に近い「狭義」であるなら,これらはもっとも現実に近い「広義」の「マザリナード文書」である.この一見かけ離れている「狭義」と「広義」を結んでいる接点は唯一〈フロンドの乱〉なのである.

ただし,これはあくまでも「歴史的にマザリナード文書と呼ばれてきたもの」に関しての現実の姿に基づく定義である.わたしたちは第2部で,そうした文書の集合であるコレクションを「資料体(コーパス)」として扱うときの目録の重要性を論じた.そして現在,「標準」の役割を担っているモローの『目録』に関して,その対象化の曖昧さを問題にした.学術的な研究対象として,「マザリナード文書」をひとつのコーパスとして位置づける場合には,やはり条件が明示されなければならない.どのようなものとして対象化するかを示すのは選択的定義づけである.それに関して,ユベール・キャリエの準備している「全マザリナード文書の歴史的・批評的目録」の選択条件は,新しい基準を提供するだろう.1989年に出版された著作で,彼は次のように述べるi.まず時間的な区切りは1648513日の〈最高法院連合裁決〉から始まり,1653731日の〈ボルドーの和平〉までに限られる.それ以前に出版されていた文書がこの期間に再版された場合も,〈フロンドの乱〉に関わる限り「マザリナード文書」とみなされる.だが,内乱の悲惨な結果を述べたものであっても,1653731以降の状況をいっているのであれば,それは含まれない.同様に,たとえレ枢機卿に関する文書であっても,そしてモローが内乱との関連を認めているものも,この時期を過ぎていれば除外される.しかし,テクストの形態や量,印刷か手書きかなどに関してはいっさい制限を設けない.貼り紙,ビラ,チラシの類から書物,手書き原稿まですべて含まれるのであると.

問題は,何をもって「〈フロンドの乱〉と関わっている」と判断するかである.タイトルや献辞,「読者諸兄へ」などでいかにも内乱について述べているようでも,売るための見せかけという場合もある.内容は,どのように判断されるのだろうか.キャリエはこれに明確なひとつの条件を示している.それは「公論」(opinion publique)への影響である.〈フロンドの乱〉では武力に頼るだけでなく,世論の支持を勝ちとることが争われた.その戦い 「世論の征服」(« la conquête de l’opinion »)の痕跡が「マザリナード文書」であるとの考え方である.この条件にしたがえば,ひとつの文書に「続編」が出版されたとき,モローでは同一の文書として分類されていたが,キャリエでは独立した一個の文書として数えられる.なぜなら同じ意見の反復はひとつの力を発揮し,世論に影響を与えると考えられるからであるii.しかし,たとえばホッブスThomas Hobbesの『市民論』(1642年)は,〈フロンドの乱〉の時期にフランスでも発行(1649年)されたが,著述の時期がそれ以前であり,何よりもフランス固有の事情には触れていないという理由で「マザリナード文書」とはみなされないiii

キャリエの基準とする「公論」は,それ自体が,17世紀の言説空間ではまだ議論の余地のあるテーマであろう.それはメディアの発達状態から考えて,今日わたしたちの考えるものとは異なった様相をもっていたにちがいない.だが,「公論」というキーワードを得ることによって,「マザリナード文書」がどのように人々の意見に影響を与えてきたかを検証していくことは,公論の歴史に光をあてることになろう.キャリエがこうした基準でくくる「マザリナード文書」は,その分野の新しい資料体として魅力ある存在となるだろう.

一方,わたしたちの東京大学コレクションは,ようやく全体像が明らかになった段階である.少なくともそこにどんな文書があるかは,新しい「目録」で知ることができる.コーパスとして使用される準備が整ったといえるだろう.すでに各巻の特徴のところで触れてきたように,多様な研究テーマのコーパスとなる力を潜在させている.ここで特に強調しておきたいのは,印刷物と社会の関係や,読書のプラティック,文芸と政治的言説の交錯など,アンシャン・レジーム期の制度や経済のあり方に偏らない新しい研究テーマのコーパスとしてきわめて重要であるということだ.そして,逆にこの「マザリナード文書」をコーパスとすることで,この文書に関わる以上余儀なくされる学問領域の横断は,これまでにない学際的研究の可能性を開くことになる.それは,ややもすれば古典主義時代の巨人たち,ラシーヌやモリエールやパスカルやデカルトの研究に偏りがちな17世紀研究の領域をさらに豊かにするものである.17世紀の言説空間はサラザンやサン‐タマンやほかにもたくさんいるあまり有名でない,あるいは無名の作家たちの活動も含めて存在するのである.

わたしたちは近年,新しい情報工学の技術によって,研究の成果をより早く,大量に交換できるようになった.インターネット上では,フランス国立図書館のプロジェクト「ガリカ」(Gallica)が,それまで物理的に閲覧が不可能であった本もデジタル化し,公開している.「マザリナード文書」もまた,一部はインターネット上で公開され始めている.その意味では,このたび本論に添付した東京大学コレクションの新しい「目録」も,できるだけ早く電子テクスト化して,他の研究者と情報が共有されることが望ましい.新しい時代の電子化された目録のあり方としては,インターネット上で公開され,学術的好奇心に支えられた研究者たちの介入によって,訂正や加筆が行なわれ,日々更新されていくことが理想的なのだ.ここに提供する目録は,そのための第一歩にすぎない.またコーパスの公開形態としては,インターネット上で,目録と文書(テクストがデジタル化されたものと実物の画像)を『TLF辞典』や,アカデミー,そして17世紀関連の辞書とリンクさせて公開することである.それにはちょうど,スキュデリー嬢Madeleine de Scudéry1607-1701)の長編小説『アルタメーヌあるいはグラン・シリュス』Artamène ou le Grand Cyrus1649-1653)のテクストを公開したサイト(http://www.artamene.org/)が参考になるだろう.13,000ページのこの大作は,長い間,研究者にとっては,テクストを入手することさえ困難で,コーパスとして接近するのがむずかしかった.その点も,「マザリナード文書」に似ているiv

こうした状況を考えあわせてみると,東京大学コレクションの「マザリナード文書」もまた,整備されたコーパスとしてより多くの人に公開されることにより,いっそうその価値が高まるに相違ない.努力を自らに約束しつつ,本論文の結論にさせていただく.

i Carrier, La Conquête de l’opinion, pp. 64-71.

ii Ibid., p. 71.

iii Ibid., p. 65. note 60

iv この「アルタメーヌ・プロジェクト」はスイスの科学研究基金Fonds National Suisse de la Recherche Scientifique (FNS)の援助を受けて,ヌーシャテル大学のクロード・ブルキClaude Bourquiとアレクサンドル・ジェファンAlexandre Gefenらのチームによって実現した.そして何よりも,この小説の主人公アルタメーヌとは,〈フロンドの乱〉のコンデ大公にほかならない. 総勢400人以上になるこの小説の登場人物は,〈フロンドの乱〉と同時代人なのだが,しかし,それはランブイエ館という,当時の社交の中心に集まってくる群像の姿で描かれているのだ.

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